キーワード:ストレスチェック、安全配慮義務
入社3年目の男性従業員が、ストレスチェックで高ストレス者と判定された。産業医による面接指導の勧奨を行ったが、本人からは申し出がない。しかし、最近は欠勤も目立つようになり、元気がなさそうに見える。このまま放置していいものだろうか…?
2015年から導入されたストレスチェック制度。「医師による面接指導が必要」と判断された高ストレス者の方であっても面接指導を申し出ない場合も多く、「事業所としてどのように対応すればよいのか」というご相談を度々、お聞きします。
ストレスチェック制度の規定としては、医師による面接指導の実施には本人の申し出が必須であるため、申し出がない限りは面接指導を行うことはできません。そのため、事業所側からの強制もできず、あくまで本人の希望に基づく形となります。しかし、本人から申し出なかったとはいえ、高ストレス者が結果としてメンタルヘルスを患ったり、最悪、自殺にまで至ったとしたら…。事業所側は安全配慮義務違反に問われるリスクを抱えた状態になります。
このようなリスクを減らすには、あらかじめ事業所としての対応を決めておくこと、面談を申し出やすい環境を整えること、そして日頃からのケアが大切です。
<注>ここでの「医師による面接指導」で示す「医師」とは、ストレスチェック実施後の面接指導医として事前に定められた医師を指します。多くの場合は、事業所ごとに選任された産業医が担当するケースが一般的です。
医学的な観点から
ストレスがかかっていても気づかないことは意外とあるものですが、過剰なストレスをそのままにしておくと、頭痛や下痢といった体の不調が現れたり、うつ病や不安症、アルコール依存などのメンタルヘルス不調に陥る危険性があります。
そこでストレスチェック制度では、従業員自身にストレスへの気づきを促すとともに、職場改善によって働きやすい職場づくりを行うことで、不調を未然に防止することを目的としています。その際に高ストレス者に対して行われる医師の面接指導は、健康状態の評価、セルフケア指導、就業区分判定を主に行うものです。
同じ高ストレス者でも、その状況は人それぞれです。今すぐ医療機関受診が必要な状態の方もいれば、セルフケアや職場での調整が重要な方もいらっしゃいます。そのため、そこで専門家(医師)が実際に話を聞いてみて判断を行うことが必要となります。面接指導を申し出ない方の中でも急を要する状態にある可能性を考えますと、早期発見・早期対応の観点からも、やはりご本人様を面接につなげたいところです。
労務的な観点から
高ストレス者本人が医師による面接指導を申し出ない場合について、厚生労働省の「ストレスチェック制度 Q&A」(2020年10月10日時点)には、どのように書かれているでしょうか。
Q21-1 労働者がストレスチェック結果の提供に同意せず、面接指導の申出もしないために、企業側が労働者のストレスの状態やメンタルヘルス上の問題を把握できず、適切な就業上の配慮を行えず、その結果、労働者がメンタルヘルス不調を発症した場合の企業の安全配慮義務についてはどのように考えればよいのでしょうか。
A. 安全配慮義務については、民事上の問題になりますので、司法で判断されるべきものであり、行政から解釈や考え方を示すことはできません。
なお、労働契約法では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」とされており、また、労働者のストレスの状態やメンタルヘルス上の問題の把握は、ストレスチェック以外の機会で把握できる場合も考えられますので、ストレスチェック結果が把握できないからといって、メンタルヘルスに関する企業の安全配慮義務が一切なくなるということはありません。
ストレスチェック制度関係Q&A (更新:2016年8月30日)
ここを見るに、本人が申し出なかった結果としても、安全配慮義務違反に問われるリスクは一定度ありそうです。では、実際にどう対応すればいいのか、続くQ&Aにそのヒントが書かれています。
A21-3 面接指導を希望しない労働者についても、通常の産業保健活動の中で相談対応が行われることは望ましいことですので、実施者である産業医から、通常の産業保健活動の一環として実施する面談を受けるよう勧奨することは問題ありません。
このようなストレスチェック後の対応方法については、必要に応じて衛生委員会等において調査審議を行って、社内ルールを決めていただくようお願いします。
ストレスチェック制度関係Q&A (更新:2016年8月30日)
このようなストレスチェックに関わる質問は、ストレスチェック制度 Q&Aにまとめて見解が出されています。ストレスチェックを実施する際に生じやすい疑問が記載されていますので、一度目を通されると参考となるかもしれません。
ここまでの内容から、高ストレス者に対して事業所が安全配慮義務違反とならないためのポイントをまとめましょう。
1.ストレスチェック時に限らず、普段からメンタルヘルスに配慮した取り組みを行う。
安全衛生に関心の高い事業所であれば、日頃からコミュニケーションを心がけたり、メンタルヘルス不調のサインがないか観察する、気になれば声をかける、産業保健スタッフに相談するなどの取り組みは既に実践されているかと思います。こうした取り組みを活性化させるために、ラインケアの観点からも管理職研修を定期的に企画するなどは効果的でしょう。
また、その他に可能な取り組みとして、高ストレス者と判定された受検者が申し出やすい環境を整えることも重要です。例えば、申し出の窓口を明確にし、できるだけ簡単に手続きができ、周囲に知られることなく申し出ができる環境を整えることが考えられます。高ストレス者が制度を理解していないために申し出を控えることを避けるために、従業員にはストレスチェック制度について丁寧に説明を行うことも良いでしょう。
2.ストレスチェック後の対応として、あらかじめ衛生委員会などで、実施者や実施事務従事者による勧奨やケアの方針に関する社内方針を固めておく。
衛生委員会で、高ストレス者への受診勧奨が可能な実施者・実施事務従事者の方がどの程度、面接指導勧奨を行うか具体的に決めておきましょう。また、これもストレスチェックに限りませんが、安全衛生上の取り組みとして、メンタルヘルスケアに関する配慮を社内でどのように推進していくかの話し合いが重要になります。
例えば、面接指導は受けたいが、事業所にストレスチェックや面接指導の結果を報告されることを避けたいから申し出ない方も多くいらっしゃいます。ストレスチェックに関する話し合いの目的は面接指導の完遂ではなく、高ストレス者が本格的なメンタルヘルス不調に陥ることを防ぐことにあります。事業所に情報開示が必須ではない健康相談の機会を提案・周知することや、健診後の面談や長時間残業面談時に体調と合わせて確認することを事業所の方針とするのも良いかもしれません。それに合わせて勧奨した事実を記録に残しておくことで、健康管理上の問題が生じた場合などに役立つはずです。
残念ながら1回のストレスチェックでメンタルヘルス不調者すべてを対応しようとしても、それは不可能でしょう。ストレスチェック時に限らない、これら日頃からのケアが事業所のリスクを減らすことにつながります。事業所として可能な範囲で、安全衛生上のより良い取り組みを目指したいですね。
I-QUONでは、事業所でのメンタルヘルスをはじめとした安全衛生管理体制の構築のためのサポートなど、手厚いコンサルティングを心がけております。上記のストレスチェック実施後の取り組みに関するご相談なども受け付けておりますので、お気軽にお問い合わせください。
参考リンク
- ストレスチェック導入マニュアル(厚生労働省)
→ ストレスチェック制度に関する概要マニュアルです。
→ 弊社作成の資料です。I-QUONのストレスチェック実施サービスも併せてご紹介しております。