キーワード:不眠、睡眠障害、むずむず脚症候群、睡眠衛生、長時間残業、交替勤務
入社1年目の20代女性従業員。最近、仕事中に眠たそうな様子がみられており、気になっていた。ある日、その従業員から、「2か月ほど前から夜あまり眠れない」との相談があった。話を聞くと、「寝ようとすると足がむずむずして気になってしょうがなく、なかなか寝付けない。仕事に差し障るほど日中に眠気が強いこと以外に不調はない」とのこと。笑顔もみられ、体調も特段悪くないようだが、明るくふるまっているだけで、実はメンタルヘルス不調なのだろうか?
不眠はメンタルヘルス不調者の多くに認められます。しかし、背景には様々な要因があるため、一概に「不眠」=「メンタルヘルス不調」とは言えません。
医学的な観点から
心配事・試験前日・旅行先などが原因で眠れないことは誰しもあるものです。通常は数日から数週のうちにまた眠れるようになるものであり、特別な対処は必要ありません。
しかし、中には不眠が改善せずに長期間にわたることがあります。日中の強い眠気と同時に、体のだるさや気分の落ち込み、意欲や集中力の低下、めまいや食欲低下が起きたりと、様々な不調を伴うことがあります。この様な症状により生活や仕事に支障が出るような場合は、同じ不眠でも対処が必要です。
逆に言えば、本人が眠れないと感じていても、日中元気に過ごし、特に体調変化を感じていなければ、それほど心配することはありません。本人の自覚に比べて、実際は眠れていることもあります。寝つきが悪い以外にも、眠りが浅く途中で何度も目が覚める、早朝に目が覚めてしまう、ある程度眠ってもぐっすり眠れたという満足感(熟眠感)が得られない場合も、自覚をすれば不眠です。
睡眠の訴えは非常に主観的なものなので、こうお話しすると、「夜中トイレに起きてしまう」「8時間寝たいのに6時間で起きてしまうから治療しなければ!」と考える方もいます。しかし前述の通り、日中に眠気も不調も支障もなければ、適切な睡眠がとれていると考えられ、対処は必ずしも必要ではありません。目覚め回数や睡眠時間にこだわりすぎないことも大事です。
不眠への対処として最も重要なのは、何が原因となっているのかを考えることです。「眠れない?ハイ、睡眠薬!」ではありません。生活習慣や環境に原因がある場合は、まずは睡眠衛生の改善を行いましょう。
さて、この事例は寝つきが悪い状況が続いており、日中の強い眠気により支障が生じており、対処が必要な状態と言えるでしょう。足のむずむず感という特徴的な症状があり、ほかに目立った不調はないことから、不眠の原因としてはメンタルヘルス不調より下肢静止不能症候群(別名:むずむず脚症候群)という病気を疑います。むずむず脚症候群とは、就寝時や夜中に目が覚めた時などに足がむずむずして動かさずにはいられない病気で、しばしば不眠を来します。原因がはっきりわからない場合もありますが、貧血や糖尿病、腎不全(特に透析中)、パーキンソン病、関節リウマチなどの病気で起こることもあります。高齢者に多い傾向にありますが、若い女性や妊婦も貧血を背景に来すことがあります。むずむず脚症候群と診断し治療することで、不眠も改善することが期待されます。
余談ですが、氷をバリバリ食べる人を見たら貧血を考えなさいと内科の教科書に書かれています。氷を異常なほどに食べたがる氷食症は、貧血患者さんに比較的高い確率でみられるのです。
本事例のように、不眠の原因はメンタルヘルス不調だけでなく、体調や習慣、環境など多岐にわたります。これらの要因が併存しているケースもありますので、お困りの場合はかかりつけ医や専門の医療機関を受診しましょう。
労務的な観点から
不眠を相談された場合、まずは話を聞いてみましょう。じっくり話を聞くことは、それ自体が相談者の安心感につながります。そして睡眠衛生の改善や受診の勧奨を行うとよいでしょう。今回の事例では、睡眠専門医や精神科の受診がお勧めです。
それと同時に労務管理として大切なことは、不眠に関する仕事の影響を確認し、大きければ軽減することです。不眠や生活リズムの乱れは、仕事によるストレスはもちろん、長時間残業や交替勤務など勤務形態によっても大きく影響を受けます。交替勤務者については、睡眠衛生の改善とともに夜勤時の工夫を行うことで影響を小さくすることが期待できます。表1を参考に職場でできることを行ってみましょう。
表1 交替勤務者の夜勤時の工夫
- 夜勤中に眠気が強くなる場合、高照度の光を浴びて眠気を軽減
- 夜勤時、特に明け方の体温が最も低くなる時間帯に短時間の仮眠をとり、リズムの乱れを抑える
- 夜勤明けの朝や帰宅の際にはサングラスなどで光を遮る(光が目に入ると体内時計がリセットされる)
- 睡眠薬の効果は個人差が大きい、状況に応じて主治医と相談
睡眠衛生の改善について知ることは、すべての従業員にとって有益ですので、広く周知するといいでしょう。また、眠気が大きなリスクとなる作業に従事する場合は、安全配慮義務の観点から、コントロールできるまでそれら作業への配置は避けることが望ましいでしょう。睡眠薬の添付文書に「薬の影響により、眠気、注意力・集中力・反射運動能力等の低下が起こることがあるので、自動車運転など危険を伴う機械の操作に従事させないように注意する」といった記載があることも注意点です。薬を飲んでいるから一律にダメというわけではありませんが、添付文書の様な症状が日中みられなくても、場合によっては主治医に意見を求めた方がいいかもしれません。
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