キーワード:睡眠時無呼吸症候群、不眠症、うつ病
43才営業職。学生時代にはサッカー部に所属していたが、就職してからは運動もしなくなり、不摂生な生活で入社時より15㎏体重が増えた。また、健康診断で高血圧を指摘されている。職位が上がったことで職場でのストレスも増えており、最近夜にトイレで起きることも多く十分眠れた気がしないようになってきた。朝起きたときにのども渇いている。日中眠気が強く、営業の際の車での移動中に眠気が強くなることも増えてきている。仕事でも細かなミスが増え、最近では重要な会議でも居眠りをしてしまい商談に影響が出たこともあった。うつ病ではないかと精神科を受診したところ、最近、夜間に時折いびきが止まることがあることを家族に指摘されたことを伝えると、睡眠時無呼吸症候群の検査をすすめられた。
トラックやツアーバスの事故でしばしば注目されていた睡眠時無呼吸症候群(以下SAS)の事例です。「運転中の眠気」の経験割合は、非SAS患者と比較してSAS患者で4倍(40.9%)、「居眠り運転」では5倍(28.2%)という調査結果も示されています。(臨床精神医学1998;27:137-147居眠り運転と睡眠時無呼吸症候群 井上雄一ら)SASによる経済損失も大きく深刻な問題となっています。
医学的な観点から
SASの症状として主なものは、激しいいびき、睡眠中の無呼吸、日中の耐え難い眠気です。日中眠気を感じた時、まず家族に寝ている時の状態を聞いてみるのがいいでしょう。またその他にもだるさや倦怠感、集中力低下、何度も目が覚めてトイレに行ったり、熟睡感がなかったりとうつ病に似た症状も認めることがあります。ただし、日中の眠気は必ずしも自覚されるわけではなく、業務上の疲労感と間違って認識されているケースも少なくありません。
原因としては肥満が多く、10%の体重増加があった者では体重の増加がない者と比較して、SASを発症する 危険性が 6.0 倍であることが示されています。(国土交通省, 2014自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル」)またSASの疑いがある者の割合は、BMI25~30 の者は非肥満者(BMI25 未満)の 1.9 倍になり、BMI30 以上で は非肥満者の 2.7 倍となっています。また飲酒、喫煙など生活習慣の乱れでリスクが高くなるといわれています。しかし、肥満がなくても首が短いもしくは太い方、下あごが小さいなど呼吸の通り道が狭い方はSASになることがあり、注意が必要です。
また、SASがあると睡眠中、体の中は低酸素状態となるために心臓やほかの臓器に負担がかかり、高血圧や心不全、不整脈などの病気を合併することも多く見られます。重症のSASの場合、突然死のリスクが2.9倍に跳ね上がるといった報告もあり、適切な治療が必要になってきます。
診断のためには終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)という専門の医療機関に一泊して行う精密な検査がありますが、医師の指示のもと入院せず自宅でできるような簡易型のPSG検査もあります。
肥満が原因の方は、生活習慣の改善と減量が根本的な治療になります。対症療法の主なものとしてCPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)があります。寝ている間の無呼吸を防ぐために鼻に装着したマスクから気道に空気を送り続けて気道を開存させておくものです。軽症の場合マウスピースで治療するケースもあります。
日中の眠気をきたす疾患はSAS以外にもありますが、下記の「日中の眠気のチェックリスト」で11点以上だと眠気が強いと判断されますので、専門の医療機関を受診すべきと考えられます。
日中の眠気のチェックリスト(出典ESS:エプワース眠気尺度)
下記の状況での眠気を想像して点数をつけてみましょう。
眠くなることが多い…3点 しばしば眠くなる…2点 たまに眠くなる…1点 決して眠くならない…0点
- 座って読書をしている時
- テレビを見ている時
- 会議、劇場などで積極的に発言をせず座っている
- 乗客として1時間続けて自動車に乗っている時
- 状況が許す場合で、午後に横になって休息するとき
- 座って人と話している時
- 昼食(飲酒なし)後、静かに座っている時
- 車を運転中、渋滞や信号で2~3分停止している
労務管理の観点から
勤務時間中の居眠りは職務専念義務に違反していますし、人事評価にも影響が出てきます。程度がひどい場合は処分の対象にもなりますし、居眠りの程度が過ぎるとほかの社員のモチベーションにも影響してきます。しかしまずは眠気で事故やけがにつながる恐れはないかといった安全配慮義務の問題となりますので、居眠りの原因を調べるために受診勧奨していくことが大切です。
この従業員が運転するのは営業車ですが、「事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル」「自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル」など職業運転手を対象としたマニュアルが国土交通省より発行されており、参考となるかと思います。その中でも自覚症状のないSASの早期発見のためにスクリーニング検査が推奨されています。本人の自覚症状による問診票だけで検査対象者を絞ってしまうと、SAS患者を見過ごしてしまうリスクがあります。ですから定期的に、また、雇い入れ時等のタイミングで医療機器によるSASスクリーニング検査を受けることが理想的です。
とはいえコストの面から選別するなら、以下の項目に該当する方はSASの可能性が高いので、定期的に検査を行うことが望ましいでしょう。
- 事故が多い
- ヒヤリハットが多い
- 集中力が欠如している
- 不規則勤務である
- 長距離走行がある
- 夜間勤務がある
- 高速道路を走行する勤務がある
- 年齢が高い
- 肥満である
- 健診結果の異常所見が多い
- 頭痛がある
医療機関にてSASであると診断を受けた場合は、一刻も早く治療を開始しなければなりません。事業者は、運転者がSASの診断を受けた場合、医師と相談の上、CPAP等による治療開始までの間、負担のない勤務スケジュールに変更するなどの適切な対応が求められます。適切な治療と勤務形態によって、良好な睡眠を取ることができると、支障が出るような眠気や疲れを感じることなく業務に向かうことができます。SASは適切に治療すれば健康な人と同じように安全運転を続けていくことができますので、SASと判明した場合は専門医・産業医からの意見等を勘案し、就業上の措置を決定してください。
I-QUONでは、事業所でのメンタルヘルスをはじめとした安全衛生管理体制の構築のためのサポートなど、手厚いコンサルティングを心がけております。医療法人を母体とした企業であり、従業員様の健康に関するご相談なども受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
参考リンク
・事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル(国土交通省)
・自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル(国土交通省)
・うつ病(産業保健ノート: I-QUONブログ内)