キーワード:統合失調症
30歳男性。大学卒業後、大手企業に就職し、結婚。子供が生まれた頃を同じくして、プロジェクトリーダーに選ばれた。大きなプロジェクトであったため彼自身も重圧を感じており、あまり眠れないと同僚にこぼしていた。集中力が低下しているのか、そのうち些細なミスをするようになり、ぶつぶつと独り言が増えた。急にパソコンを叩いて何かに怒鳴ったりすることもあり、周囲の社員は怖がるようになった。ある日、無断欠勤をしたため、上司が本人から話を聞いたところ、「自分は嫌がらせをされている。24時間常に監視され、考えていることはパソコンを通してみんなに知れ渡ってしまう」と、意味不明なことを語った。
誰しも独り言を口にすることはあると思います。「考えを整理するため」や「気持ちを高めるため」、あるいは「不快感を発散するため」のストレスコーピングなのかもしれません。しかし、今回のケースにみられるような独り言の場合、その原因として精神疾患が疑われる場合があります。
医学的な観点から
精神疾患の症状としての独り言は、幻聴(幻覚)や妄想に対するリアクションとして表れることがあります。そのため、突然怒ったり、誰かと話しているような話し方やトーンなどが特徴として挙げられるでしょう。また、「殺してやる!」といった攻撃的な言葉を使い始めたり、突然笑ったりするのも、疑わしい兆候といえます。
本事例の男性の場合、その人だけにしか聞こえない声(幻聴)、嫌がらせをされているという妄想、自分の頭の中がみんなに知れ渡るという思考障害、などの急性期特有の症状から統合失調症などが考えられるでしょう。
統合失調症では、脳のさまざまな刺激を伝え合う神経のネットワークにトラブルが生じる、脳の機能障害による病気で、脳内の統合(まとめる力)が失調している状態となります。このため、感情や思考をまとめることができなくなり、幻覚や妄想などの症状が起こります。発症の原因は正確にはわかっていませんが、統合失調症になりやすい要因をもっている人が、仕事や人間関係のストレス、就職や結婚など人生の転機で感じる緊張などがきっかけとなり、発症するのではないかと考えられています。統合失調症の有病率は人口の約1%、つまり100人に1人の割合のため、決して珍しい病気ではありません。
統合失調症の治療は薬物療法が基本ですが、病気や治療に関する知識や対処法を身につけるための心理教育や、就労支援などの社会的サポートも重要となります。早期発見、早期治療を開始、再発予防のために適切に治療を継続することで、今までと変わらない生活を送っている方は多くいらっしゃいます。
労務管理の観点から
本事例では、まず上司が本人から話を聞き、困っていることを確認しています。そのときに注意しなければならないのは、本人に聞こえている幻聴や妄想を否定しないことです。本人に病識がないことが多いため、「24時間常に監視をされている」との訴えには傾聴しましょう。気にしすぎる病気の疑いもありますが、念のため家族に連絡・相談し、精神科医療機関を受診するようにすすめましょう。病的体験による欠勤等は服務規程違反となる恐れがあり、就業規則上、本人に不利益になるため早期受診に繋げてください。受診時は家族の他に、職場での様子がわかる上司も付き添う等、適切に対応しましょう。もし、家族がいない場合は役所(精神保健を担当する課)に相談しましょう。
休職中の方に対して、主治医と産業医が復職可の判断を出したとしても、元の部署でいいのか、通常勤務可能かどうか検討を重ねた上で復帰の時期を決めます。受け入れる部署ともよく話し合い、会社の制度も踏まえて段階的な復帰を考えるとよいでしょう。
統合失調症にかかっている方は、社会的または職業機能が低下していることがあります。以前はできていたことができなくなっている場合があるので、注意深く見守り、周囲も早めに気づいてあげましょう。また、治療によって以前のように働けていると思ってしまいますが、そこで無理をさせて残業時間が多くなったりすると服薬も不規則になってしまいます。また、疲労が強くなることで再発・悪化する恐れもあるため、上司や人事労務者は日頃から労務管理に注意をしておくことが重要です。
なお、精神障害が原因で以前のように働けなくなり退職したものの、事業所と話し合った上で雇用形態を変更し、障害者枠で再雇用とする場合もあります。このようなケースでは、社労士や地域の障害者職業センター、就労支援施設などで相談可能です。また、I-QUONでも精神科医をはじめとする専門スタッフが、メンタルヘルスと就労の観点からお話しを伺うことが可能です。お気軽にご相談ください。