キーワード:パワハラ、労災、PTSD、適応障害、双極性障害
【事例】
営業部の所属の課長で、10数人の部下を抱えている。もともと営業マンとしては優秀で、社内でも早くに課長職に就いたが、2年ほど前から課内で離職者が続き、人事評価では部下への指導が厳しすぎるのではないかという声も上がっていた。そんな中、部下の一人がメンタルヘルス不調となり、休職することになった。部下曰く、本人のパワーハラスメントが不調の原因であるという。
このようなケースでは、不調を呈した部下の状態を把握し、支援していくことはもちろん、行為者である本人の問題についても、正確に理解していく必要があります。ハラスメント事案においては、被害者側を支援の対象、行為者側を懲罰の対象として対応が進められることが一般的です。しかし、行為者も疾病を含む課題を抱えている恐れがあり、行為者もまた支援の対象となり得るという視点を持つことが重要です。
医学的な観点から
多くの場合、ハラスメントは行為者のパーソナリティーや倫理観の問題として考えられるため、安易に病気を想定すべきではありません。しかし、どこか人が変わってしまったような大きな変化がある場合は、双極性障害などの精神疾患が原因である場合もあります。
双極性障害の躁状態では、些細なことで怒りを感じたり、怒りを背景とした衝動的な行動を取りやすくなったりすることが見られます。本人も些細なことでイライラしてしまうという問題意識を持っていれば治療につなげることが可能ですが、躁状態の時は病識を持ちにくい傾向にあります。しかし、双極性障害であれば、時間の経過とともに抑うつ状態が訪れることが一般的ですので、本人も気分の浮き沈みには苦痛を感じているかもしれません。
また、ハラスメントを行う側の人間も、業務や上司との人間関係によるストレスを抱えており、ストレス反応として他者の尊厳を侵害するような行為に及んでしまっている恐れもあります。
もちろん、だからと言って加害的行為を行なった責任から逃れることはできませんが、加害側の背景として、何らかの心理的な負荷や精神疾患があると仮定するのも、ハラスメント事案に対応していく上で必要な視点です。
仮に何らかの医学的問題が認められるようであれば、治療によって、同じようなトラブルの再発を予防することができるでしょう。
労務管理の観点から
上記の通り、行為者側の行為にどのような背景があるかは、精査してみるまで結論づけることはできません。明らかなハラスメント行為があった場合でも、行為者を懲戒対象者として捉えるだけでなく、支援対象者として捉えることが、その後の再発予防などに有益な場合があります。特に行為者に躁状態を疑わせる言動があったり、反対に過度に自分を責めて落ち込んだりするなどの抑うつ症状がみられる場合は、産業医に相談するなどの対応が望ましいでしょう。
一方で、そのような疾病の可能性はなく、本人のパーソナリティや倫理観に課題があると考えられる場合も、教育的な対応を意識するようにしましょう。行為者にハラスメントに関する研修を受けてもらったり、アンガーマネジメント講座を受講してもらったりすることで、改善が期待できる可能性があります。また、行為者への教育的対応は、被害者および周囲の従業員の安心感にも繋がります。何らかの処分を下して幕引きとするのではなく、再発予防までを含めた長期的な労務管理を行うことが重要です。
また、ハラスメント行為に対しては、会社全体として未然防止策を行なっておく必要があります。近年、企業にハラスメントの防止策を講じる義務が課せられるなど、職場のハラスメント対策には、国も力を入れています。
パワハラという言葉も、誰もが知る言葉となっており、やや言葉が一人歩きしていると感じることすら増えてきました。誤解を恐れずに言えば、パワハラとされる基準が以前より軽度なものに変化してきている印象を受けます。そのことの是非はさておき、企業にとってハラスメントが経営リスクになる機会は確実に増えてきていると言えます。訴訟リスクとなることはもちろんですが、労働力不足も加速する状況の中、職場にハラスメント行為が存在することは人材の確保、定着の観点からも不利な状況を生みかねません。ハラスメントの防止策は企業を維持、成長させていくために、必要不可欠なものであると言えるでしょう。
具体的な対策については、厚生労働省が作成している「パワーハラスメント対策導入マニュアル 予防から事後対策までサポートガイド」などを参考にすると良いでしょう。また、厚生労働省のWebサイト「あかるい職場応援団」には、同マニュアルを含め、啓発用の掲示物や相談記録や聞き取り票などの書式もアップロードされていますので活用しましょう。
厚生労働省, パワーハラスメント対策導入マニュアル 予防から事後対策までサポートガイド(第4版), 2019.
I-QUONでは、事業所でのメンタルヘルスをはじめとした安全衛生管理体制の構築のためのサポートなど、手厚いコンサルティングを心がけております。医療法人を母体とした企業であり、従業員様の健康に関するご相談なども受け付けております。お気軽にお問い合わせください。